もしあの独裁者が”現代”に来たら?世界中を騒がせた問題作『帰ってきたヒトラー』

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  かの有名な独裁者、アドルフ・ヒトラーが現代にタイムスリップし、モノマネ芸人として成り上がっていく物語。

 ────なるほど、さっぱりわからん。ヒトラーがタイムスリップまではまだわかる。ここまでだったらありふれた設定だっただろう。しかしこれにモノマネ芸人という劇薬を加えたことで、本書は世界中を騒がせる超弩級のブラックコメディと化してしまった。

 歴史はそこまで得意ではなく、ましてやヒトラーなんて聞いたのは高校以来だった。しかしひとたび読み始めてしまえば、ページをめくる手を止めることはできなかった。たとえ歴史嫌いだろうが何だろうが、ヒトラーという人物を知っているなら、この本を読む価値がある。

 私はこの本を読み、ヒトラーの虜になった。それと同時に、ヒトラーの本当の恐ろしさを知ってしまった。

ある日突然ヒトラーが現れたら、あなたはどうしますか?

 あなたはヒトラーに対してどのようなイメージを持っているだろうか。独裁者? 極悪非道な大量殺人鬼? それともドイツの英雄?

 そんなヒトラーが、もし突然目の前に現れたらどうする。あなたは彼が本物のヒトラーだと見抜くことができるだろうか────

 この物語は、1945年に自殺したアドルフ・ヒトラーが、2011年のベルリンの空き地で目を覚ますところから始まる。誰も彼が本物のヒトラーだと思わず、ある人は「ヒトラーそっくりのコメディアン」と思い込む。地位も金も失ったヒトラーは仕方なくキヨスクで働き始めるが、ある日テレビ番組のスカウトを受け、コメディアンとしてトーク番組に出演することになる────というのが本作のあらすじだ。 

 こんな過激な本作が、本場ドイツで出版されたというのだから驚きだ。

 本作は「独裁者ヒトラー」という扱いづらいテーマを抱えていながらも、相当面白い内容になっている。ギリギリのラインを攻めるブラックジョークと、現代の人とヒトラーとの会話のすれ違いがうまくかみ合い、ヒトラーはもちろんのこと、周囲を取り巻く登場人物も魅力的になっている。

 最初はただ面白いコメディアンとしてしか見られていなかったヒトラーだが、次第に民衆の心を掴んでいく。ヒトラーお得意のスピーチも、ちょっと過激な「社会風刺ジョーク」として受け入れられ、多くの視聴者を虜にした。そしてヒトラーを止めるものもいなくなり、全てが順調に進んでいく。

 そこに底知れない恐怖を覚えるのは私だけだろうか。

最後まで読んでやっと気づく、ヒトラーの”恐ろしさ”

 そんな本作を最後まで読んで最初に感じたのは、「不気味」だった。ヒトラーという異分子が当たり前のように社会に受け入れられ、それに誰も疑問を抱いていないのが不気味としか言いようがない。

 序盤はゲラゲラ笑ってみていたのだが、中盤から雲行きが怪しくなっていく。不気味な雰囲気とそれを当然のように受け入れる人々。そして、ページをめくるごとに増していく不穏な空気。しかしあくまでもこれはブラックコメディ作品と途中までは思っていた。だが、終盤にこれは単に笑って終わらせていい作品ではないことに気づく。

 それは本作のヒトラーは、人々が抱くイメージから大きくかけ離れており、「愛嬌があって憎めないおじさん」として描かれている。そしてそのキャラクター性で、周囲の人々だけではなく、我々読者の心まで掴んでくる。

 そんなヒトラーも恐ろしいが、真に恐ろしいのは、ヒトラーの「独裁者」としての側面を知っていたのに、なんだかんだヒトラーを当たり前のように受け入れてしまっていた自分がいたことだ。

 このように我々は現代でも、気づかぬうちに第二のヒトラーを生み出してしまってるのかもしれません。

ただのブラックコメディではなく、現代社会に一石を投じる作品

 いろいろ考えさせられる本作だが、実は映画化もしている。

 映画では、ヒトラーの恰好をした主演俳優が、実際にドイツの町を歩き、国民のリアルな反応を撮影したパートがある。これは本ではわからない、ドイツ人のヒトラーに対するリアルな反応を知ることができ、非常に印象的だった。

 映画のインタビューで、主演のオリバー・マスッチさんはこのように言っている。

ーー実際に街中の人々の話を聞いてみてどんなことを感じましたか?

マスッチ:ドイツに限った話ではないが、世界の人々の考え方が右派寄りになってきているんじゃないか、と感じている。アメリカの大統領選にトランプ氏が登場したように、右派の勢力が拡大していくことで、人々の思想が過激化していくのではないかと、僕は危機感を覚えるんだ。先日、ヒトラーの出身国でもあるオーストリアで大統領選が行われ、極右候補と“緑の党”系の候補が対立していた。有権者の7割程度(400万票前後)が投票し、幸いなことに結果は緑の党系候補が約3万票という僅差で勝利したが、そこからもとても危うい状況なのがわかる。実際に、国境に柵を設けて難民の流入を抑えている国だってヨーロッパには存在する。

(ヒトラーの恰好にドイツ市民はどう反応したか?『帰ってきたヒトラー』主演俳優インタビュー https://realsound.jp/movie/2016/06/post-2024.html)より

  ヒトラーの恰好をしてると中指を立てられたり、暴言を吐かれたりもしたが、意外と好意的な反応を示してくれる人も少なくなかったとのこと。また移民問題など、政治的な不満を(マスッチ扮する)ヒトラーに言う人もいたらしい。このように映画では、ヒトラーを通じて、ドイツのさまざまな問題が浮き彫りになった。

 ヒトラーについて改めて考えさせられる本作。しかしシリアスになりすぎず、笑いながら楽しめる作品で映画史に残る傑作と言えるだろう。内容が内容なので、誰にでも勧められる本ではないが、ヒトラーの恐ろしさを知りたいという方はぜひ読んでほしい一冊だ。